フェンシング部同期+先輩との飲み会

 2月に、大学時代のフェンシング部、数十年前の当時は同好会だったが(何代か後の後輩が頑張って部に昇格させた。その後人が集まらず今は休部?)、同期の主将であったKが声がけして飲み会が開催された。その後、近場(東京付近)のもので改めて飲みませんかとのS先輩の提案により、先日2回目が行われた(1回目の飲み会には木更津のY、茨城の後輩Fが参加したのだが今回は近場ということで二人にはお声がけしなかった。すみません)。参加者はS先輩、前回コロナで欠席したT、主将K、そして私の4人。S先輩はサーブルのリーダーでもあり、Kもそれを継いでサーブルのリーダー。Tはフルーレ、私はエペのリーダー(私は強くないけど、まあ割り当て的に)。ということでフェンシングの話しになるかと思いきや、もちろんほとんど出ない。いや、少しあったな。Tはエペも旨かったから、最近の日本人エペ人の活躍を知っていて、現代エペが昔のスタイルと全然違うのだということを教えてくれた。今度どこかで映像でも見つけたら、改めて見てみよう。

 ずっと前から思っていたことだが、対人スポーツの面白さというのはあるなあと感じていた。攻撃と防御、剣があるとはいえ、直近に相手がいることなので、先方の動きを見ないと始まらない。このやり取りはケア現場にも少しは関係するような気がするが(それが最大に生かされているかはこちらの能力不足により疑問だけど)。本能的に動くしかほぼできなかった私のフェンシングはコントルアタック(カウンター)のタイミングを待つスタイルだった(スタイルと言えるのかしら)。それから数十年後!にふと、しかし、攻撃の糸口はどうやって作るのだ?と思ったことがある。待ってるだけでは受動的なままではないか。まあつまり、戦局を打開する戦術が無いわけですね。考えてないということで。考えるのが苦手。本能で体を動かすのが好き、反射神経だけで反応するしか能がなかったようだ。戦術を立てて戦うというのは、身体練習とは違う練習や訓練が必要なんだと今更に思う。いやはや。

 前置きが長すぎた。飲み会で感じたことは(いや振り返ってかも)、私がその当時のまんまで話してるということだった。今の状況は皆それぞれなんだが、今の話をするにしても、昔のままのありようで聞いたり話したりしている。同期も先輩も、私の中ではその当時の状況のまま。身体的変化や立場の変化はもちろんあるんだが、それは何か仮象であるような。。。同好会といえど体育会だったので、4年間は濃密な時間過ごしたと思う。そんな時間を過ごした身体が記憶しているとでもいえるのかもしれない。身体的記憶の方が表象を蹴散らすとでも言おうか。高校の同期会もそうだった。古い経験なのにその時のままのありようで聞いたり話したり。。。スピノザの『エチカ』には、人は身体が何ができるか知らない、とある。確かに。当時のありようで聞いたり話したりするのは、意識してやってるわけではなくて、ただそうなっているだけだ。これはコントロールできないもので、どうしようもない。確かに数十年の空白があるので、当時のままで対応せざるを得ないということもあるかもしれない。とはいえど、何十年も生きてきて何かが積み重なっているとは思うのだが、積み重なっているであろうところから対応しているように感じさせるものが希薄なような気がする。意地悪な見方をすると、かつてのありようで接するという無意識的欲望が優先されたのだ、ということもあるかもしれないが、そうすると意識的にコントロールなど出来るものは実に少ない、ということになるんじゃないかと。つまりは、身体が表現しているということで。スピノザは表象の中に言語も含めているので、これまたなるほどなと思う。話す言葉や頭に浮かぶ言葉など、身体の変状がそうさせるだけで、身体の傾向がそう仕向けてるとしか考えられない。

 そうすると、友人とは不思議なものであるなと思う。親友とはこれまた更に不思議度が増す。親密さの実感は言葉で説明できないものだと改めて思った。またまた『エチカ』(岩波文庫)から、「第2部定理43 真の観念を有する者は、同時に自分が真の観念を有することを知り、かつそのことの真理を疑うことができない。」、備考に、「あえて問うが、前もって物を認識していないなら自分がその物を認識していることを誰が知りえようか。」とある。真理の説明、解説は真理そのもとは違うわけで。友人とは、親友とは何かは説明できないですね。すんごい長い前置き2段でしたが、最後の段落が主題でした。